2025.05.28北八ヶ岳の縞枯現象
八ヶ岳の山容
麓から八ヶ岳全域を眺めると南の編笠山・西岳から北の蓼科山・北横岳までの南北約20kmに亘るこれほどの雄大な火山列山は日本に例はありません。中間の夏沢峠を境に南八ヶ岳と北八ヶ岳に分かれます。ただ単に南八ッと北八ッに分かれるのではなく両者は全く異なる山の形状や火山の形成時期の違いそして高山植物の植生も違っているのです。
南八ヶ岳は主峰赤岳をはじめ硫黄岳・阿弥陀岳など噴火による爆裂火口と山体の崩壊により荒々しく険しい岩稜の山容になっています。一方北八ヶ岳は粘性の強いマグマの噴出により山容は丸みを帯びいわゆる溶岩円頂丘の形状になっています。山全体に苔むす針葉樹林に覆われた林床や岩肌が美しく神秘的な湖沼も数多くあり、また何といっても他では見られない貴重な縞枯現象をもつ北八ヶ岳特有な景観が大きな特徴なのです。
北八ッの茶臼山
縞枯現象が現れるのは蓼科山・北横岳・縞枯山・茶臼山です。そのなかで最も顕著に現象が現れている一つの茶臼山シラビソ純樹林を観察します。以前ビレッジの夏まつりの一環として夏山登山で登ったことのある懐かしい山です。この傾斜の強いガレ場のキツイ登攀ルートを両手も使って登ったことを思い出します。頂上の展望台からはビレッジエリアの溶岩台地を鳥瞰しさらに遠くには南北中央アルプスの稜線を青空の彼方に見渡したあの絶景の眺望には感激でした。また全員で頂上を制覇した達成感にも感動しました。だが肝心な縞枯現象については眼中にはなかったと思います。そこで今回は改めて縞枯現象についての観察登山とします。
縞枯現象
縞枯れをする針葉樹はシラビソの木です。多くあるモミ・トウヒ・ツガなど針葉樹の外観は皆同じように見えますがシラビソは名前の如く幹の樹皮が白っぽくなっているところから見分けができます。このシラビソ樹林帯は遠くから見ても分かるように美しい縞状模様で帯状に白く立ち枯れをし、標高2千m~2千5百mの範囲で世代交代を繰り返している現象がすなわち縞枯現象なのです。この現象は日本の中でもこの北八ヶ岳と奥秩父山系などの一部だけにしか見られない貴重な現象です。
- その立ち枯れした根元にはもう稚樹が芽生えています。
- さらに成長した若木が成木となりやがては枯れ木になってしまうのです。
この過程を約百年かけて繰り返すサイクルを縞枯現象といいます。しかし八ヶ岳広し、といえども北八ヶ岳の南西方面だけに現れ、しかも同一標高で一定間隔に水平の帯状に横へ枯れていく現象は未だに解明されていないのです。こうした縞枯れの樹林は一年に二メートルほどの速度で上方に向かって移動していくのです。そういえばビレッジの夏山登山の時休憩した「中小場山頂」で腰を下ろした所に白い立ち枯れの木がありその木にタオルや帽子を掛けた覚えがあったのですが今その白い木は二十メートルほど奥の方に動いていることに気づきます。これがまさに縞枯現象の移動であると実感します。
縞枯現象の原因
- シラビソの木の寿命(概ね百年)によって同程度の年齢の木が一斉に枯れる。
- 成木した木が強い風の影響によって枝葉や根が損傷を受け弱ってしまう。
- 土壌が火山岩の石だらけのため十分根が深く張れず成長が止まってしまう。
などと考えられていますがなぜ集団の水平帯状で横一直線になるのかは分かっていません。
針葉樹林のなかでもこのような環境の厳しい所では比較的生命力があるシラビソですがこの厳しい環境で生育しているのには驚きです。
この縞枯れは八ヶ岳の貴重な現象とともに財産でもあるのです。
茶臼山を目指す
今日はその縞枯現象を観察しながら再度茶臼山を目指します。
先ずは麦草峠の神秘的な茶水池を右に見ながら登山道を直進します。明るく開放的な峠付近とは対照的に一歩鬱蒼たる樹林帯のまだ残雪がある中へ足を踏み入れると静寂な別世界へと変わります。このような森閑とした深山の空気に深呼吸をして英気を養います。この原生林の中の木道を進むと旧大石峠に辿り着きます。ここからは歩き易い今までの木道とは打って変わり累々とした火山岩の大石の道になりますので足元に注意して登ります。このうす暗い樹林帯の上方が明るくなってくると中小場山頂です。ここで正面に茶臼山を仰ぎ見ながら休憩します。ここまではシラビソの鬱蒼たる成木のトンネルの中を歩いてきましたがこの休憩場所を境に少しずつ白い枯れ木が目立ち始めるいわゆる縞枯現象の移り変わりを体験していきます。
さあここからは赤岳・阿弥陀岳に匹敵する急登の苦しい直登の登攀が始まるので靴の紐をもう一度しっかり結び直します。登り始めるといよいよ顕著な縞枯れの世界に入ります。よく見ると枯れ木の下にはもう稚樹が芽生えさらには幼木や若木までが成長しています。さらに進むにつれ成木への変化がはっきりと目の当たりにします。このガレ場の急坂では体力を消耗しますので時々足を止め後ろを振り返り遠くの素晴らしい景色を見て疲れをとります。あまりにも苦しい登攀のため縞枯現象のことなど忘れがちになりますがしっかり観察しながら進みましょう。もう少しで山頂です。
山頂はシラビソ白一色の白林の世界です。ですがあと数年もたてば根元に芽生えている稚樹や幼木が成長しやがては緑の樹林に変わることでしょう。このように麦草峠から茶臼山までの間、縞枯現象の移り変わりのドラマを体験することができました。山頂には茶臼山火山の火口窪地がありその痕跡の中を直進すると今までの疲れを一瞬にして忘れさせてくれる素晴らしい天空の景色が突然開ける展望台に到着します。
展望台からビレッジが立地する溶岩台地を正面に眺めるとこの眼下の山麓一帯はかつて黒曜石(矢じり)と共に尖石遺跡(国宝土偶縄文のビーナス)や中ッ原遺跡(国宝土偶仮面の女神)をはじめ古代縄文文明の一大発祥地として物資の交易や人的交流により大繁栄した縄文文化の中心地であったと思うと改めて考古学的歴史学的に偉大な地域であると実感します。当時の縄文人が活躍したこの蓼科高原の同じ場所に今、現代人の私たちがいると思うと何か紀元前から続いている悠久の歴史に思いを馳せ感慨深いものを感じます。
八ヶ岳連山の中では決して標高は高くはない2,384mの茶臼山ですがされど貴重な縞枯現象と縄文時代を彷彿させる屈指の眺望を誇る魅力いっぱいの茶臼山なのです。この縞枯現象の観察登山はまたひとつ山の自然の魅力を得る思い出となりました。