フォッサマグナ・糸静構造線と蓼科高原

日本列島はどうやってできたのですか。
フォッサマグナ(大地溝帯)って何ですか。
糸魚川静岡構造線って何ですか。
これらは蓼科高原とどんな関係にあるのですか。
ビレッジの立地している蓼科高原の成り立ちについて興味は尽きません。
では少しだけ地学の世界へ足を踏み入れてみましょう。

日本列島の誕生
地球の始まりは大小の隕石どうしのぶつかり合いと結合で次第に球体へと成長しそして初期の地球はすべて海に覆われていたとか。その地球がマントルやプレートの運動によってマグマを海上に噴出させます。長い地球史上の間に幾度となく噴火と隆起を繰り返すことによって数多くの島を出現させやがては大陸へと成長していきます。日本列島はユーラシア大陸であったものが地殻変動によって太平洋側へと分離移動してできたものです。

フォッサマグナ(大地溝帯)
日本列島が大陸から移動する際に日本のほぼ中央部での大地殻変動によって折れ曲がり日本列島が東西に分断した当時の巨大な陥没地帯のことをフォッサマグナ(大地溝帯)といいます。大きな木の倒木に例えると写真のように折れ曲がった裂け目の箇所にあたります。

そのフォッサマグナ(大地溝帯)とは西側の糸魚川と静岡を縦に走っている窪地と一方東側は柏崎から千葉を線で結んだところの幅の広い地域を指します。ですから長野県と関東平野がフォッサマグナに囲まれていることになります。このことは地図をみることによって明瞭に理解できます。





糸魚川静岡構造線
糸静構造線はフォッサマグナの左端(西側)に位置し日本海から太平洋までの縦線の窪地です。この糸魚川静岡構造線は日本の屋根といわれるアルプス山脈と片方は美ヶ原・霧ヶ峰・八ヶ岳連山に挟まれています。アルプス山脈はプレートの活動により海底から褶曲と隆起を繰り返し成長した山体です。一方美ヶ原・霧ヶ峰・八ヶ岳連山は地殻変動で地層に割れ目ができそこから火山活動により吹き出した膨大な量のマグマが成長して造りあげた山体です。どちらも要因はユーラシアプレートと北米プレートの境目でのぶつかり合いが糸魚川から静岡までこのような壮大なドラマの現象を生じさせました。

(ところで糸魚川地籍にはいわゆる「糸魚川」という河川名は存在しません。実在する河川は「姫川」という名称です。)





糸静構造線の痕跡
では実際に当時の大地殻変動の痕跡を見ることができるのでしょうか。
・それは意外な所で発見することができます。茅野駅の南側から上原地区にかけて伸びている断層崖です。旧有料トンネルのあけぼの隧道はまさにこの糸静構造線の大断層をくり貫いたトンネルということになります。私たちはいつも何気なく通過していますが実は当時の大断層の痕跡のど真ん中を通っていることに驚きを隠せません。


・もう一つの痕跡はビレッジの夏山登山で登ったことのある八島ヶ原湿原の鷲ヶ峰や八ヶ岳の茶臼山からも構造線をまるごと観察することができます。普段の登山は頂上を制覇した達成感と頂からの眺望やパノラマの絶景美に浸ります。しかし目的を変えて眺めると諏訪方面から茅野・富士見を通り甲府方面へと窪地状に構造線が走っているのがはっきり確認できます。まさにこの究極の鳥瞰が糸魚川静岡構造線の痕跡であることが一目瞭然です。こうしていろいろな目的をもって登るのも登山の醍醐味の一つです。
これらの痕跡を目の当たりにすると日本列島を東西二分した地層の深さ6千m、幅100kmという巨大エネルギーのもの凄さを感じることができます。


蓼科高原の形成
では、ビレッジの立地している蓼科高原がどのように造られたのかを探ってしてみましょう。異なった二つのプレートの激突によって大地溝帯ができ、さらにそのエネルギーが構造線に沿って松本から富士見へと断層の亀裂を生じさせその弱った地層からマグマが地上へ噴出し日本でも例がない火山列山が出現しました。この八ヶ岳火山列群が火山期に膨大な量のマグマを溶岩流や火砕流として火口から流出させた結果、いわゆるこの火山地特有の広大な裾野が蓼科高原の形成というわけです。このようにしてできた蓼科高原の歴史を物語る大自然は私たちを魅了して止まない高原の雄大美にしばし時空を忘れさせてくれます。



糸静構造線の恩恵
こうした構造線は私たちの蓼科高原にどんな恩恵をもたらしてくれたのでしょうか。
・鉱物資源
構造線では地殻変動や火山によって貴重な鉱物を産出しました。糸魚川では蛇紋岩、蓼科では黒曜石。蛇紋岩を加工しヒスイ(翡翠)という宝石にして装飾文化を、黒曜石は加工して矢じりなど生活用具文化をそれぞれ縄文文化の中心として発展させました。それにしてもあの硬い岩石を加工してヒスイや矢じりにする高度の加工や研磨技術はすでに縄文時代に存在していたのです。




・交通手段
構造線を利用して発達したものには交通路線があります。戦国時代の塩の道、信玄の棒道。江戸時代の甲州街道。現代では国道、鉄道、高速道路、ビーナスラインの観光道路など。これらは全て糸静構造線を利用しているのです。今日の交通網は文化の発展、物流、人的交流、産業経済の利便性などに欠かせない重要な地形となっているのです。





・蓼科高原のリゾート地
蓼科高原のリゾート地は高原台地の冷涼な気象条件・観光資源の温泉・大自然の景観・交通の利便性・縄文時代からの歴史・御柱祭をはじめ高度な伝統文化の継承などこの恵まれた糸静構造線の地形の元で日本でも有数なリゾート地として素晴らしい発展を続けています。このようにフォッサマグナ・糸静構造線はこれら全てに大きく関わっているのです。これからもビレッジの立地しているこの素晴らしき蓼科高原の森と自然を育む台地の命を繋いでいくためにも自然環境の維持・整備・美観などあらゆる面での保全に心がけ、今度は私たち一人ひとりが自然環境保護家としてこの誇れる蓼科高原に恩返しをしていこうではありませんか!










参照
NHKプラネット「奇跡の惑星 地球紀行」  2022年1月1日
NHKブラタモリ「フォッサマグナと糸魚川」 2021年11月20日